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親孝行
私は親孝行できなかった、、
と悔やんでも悔やんでも
戻らない過去を引きずって生きてる、
と思いきや
子がいる人の共通する言うこと
親より長生きしたのは、れっきとした
親孝行だそうだ!
親より1日でも長生きしている!
親に死に顔を見せなかった!
痛みにもんどり打って
苦しみは母に見せたけど
死ななかった
母より先に死ななかった!
知らないうちに
親孝行していたんだ!
そんな自分を誇りにしていいんだ
と思った
手招き
夕方、私の障害の担当者さん(女)が来た
話は次から次へと続いて、さすがなじみの担当者さんだから、昔の話も飛び出す飛び出す
最初に来た時、〝うなぎの寝床〟みたいに細長い通路で、住所だけではわかりにくくて
担当さんが外でウロウロしてたそうだ
そしたら母がこっちこっちと手招きして、
道路に出て待っていたそう
母はそんな人だった
いつも、道路に出て始めて来る人を待っていた
自分が脳梗塞をしたあとも
その話をしてた時、担当さんの目がにじんでいたのを私は見てしまった
その時は「そうですかー、母らしいな」
なんて言いながら笑ってごまかした
普段はあえて考えないようにしてるけど(泣いてしまうので)
今それを思い浮かべたら、泣けてくる
ありがたいことだった、、、
ありがとう、お母さん
かなしみのはてに
何があるかなんて 俺は知らない
見たこともない…
そう、若い時は見たこともない景色が
この世にはある、あるのだ
見ないで済むなら見ないでいい景色が
前回脳腫瘍で生還してきて
私は今生きてる…とばかりに泣きながら
YouTubeを見ていた
前年に入院・手術で見れもしなかなったM-1、
フィギュアスケート、紅白、漫才、、などなど
そして今こそかと思い、
エレカシの「悲しみの果て」を泣いて聞いていた。全身の血液が沸騰する思いで
どんな気持ちで「果て」を自分は聞くのかと
自分でも知りたかった
それは今思えば〝果て〟なんかじゃなかった
あれすらも、若さのニヒリズムのようなものだったのかもしれない
日々、この世にこんなものがあるのか?
の連続で、
痛めつけられて痛めつけられまくり
もう勘弁してください…神様
とさんざん助けを乞うた、そんな地獄の日々
それすら凌駕して
今回の経験こそ、悲しみの果てに来てしまったようだ
そして今、その地獄の頂を
血を吐きながらやっとの思いで
下山しようとしている
いや、している
若き宮本さんよ、あんなもんじゃなかったよ
突然当たり前にいた親がいなくなるとは、
考えもしなかった若き日々
甘ちゃんだったね
同い年の宮本さんも近年、お母様を亡くしたそうだ
悲しみの果てに何があるかも
どこにあるかも、見たことなかったよね
私は私を守る
ご主人が、家族を守るように
私が私を守る